そういち総研

世界史をベースに社会の知識をお届け。

「言語系統による人類の分類」という考え方 「民族の系統」とはどういうことか

世界にいるさまざまな人びとをグループ分けするとき、最も一般的なのは「民族」という単位で分類・整理することだろう。「民族とは何か」については、さまざまな議論があるが、一応は「言語をはじめとする文化を共有する集団」だといえる。文化のさまざまな要素のうち、最も重要なものが言語である。

さらに人類の分類には、民族よりも上位の包括的な単位もある。つまり、いくつもの民族を含んだ大きなグループというものが考えられているのである。それは一般に「〇〇系」と表現される。たとえばゲルマン系、ラテン系、トルコ系、モンゴル系といったものだ。これは「言語系統による人類の分類」という考え方に基づいている。世界史や地理の本には「○○系」という表現が、当然のこととしてしばしば出てくる。それがどのような考え方によるものなのか、基本のところを説明したい。

 

目 次

 

トップページ・このブログについて 

blog.souichisouken.com

 
言語系統による分類

世界史では、十指を超える、さらには何十もの異民族を含む大帝国というのが登場する。たとえばアケメネス朝ペルシア、ローマ帝国、イスラム帝国、モンゴル帝国などはそうだ。これらの大帝国は異なる系統(異系)の民族を複数含んでいる。つまり、含まれる民族の多様性が大きいのが特徴だ。中国、アメリカ合衆国のような現代の超大国も、含まれる民族の多様性という点では、世界史上の大帝国と同様か、それ以上である。

では異系、つまり民族の系統が異なるとはどういうことか?異系とは、母語の言語系統が異なるということだ。多くの歴史の本ではそのような前提に立っているが、いちいち説明していない。なお母語とは、幼少時に習得する、最も体にしみ込んだ言語のことである。大帝国とは、そのような「異系」の民族をも支配している国家のことだともいえる。

そしてそれこそが、真の意味での「帝国」だといえるだろう。世界史上にはせいぜい2~3の異民族を支配する程度で「帝国」を名乗るケースもみられる。たとえば明治時代の「大日本帝国」というのはそうだ。たしかに広い意味では「帝国」とは「異民族をも支配する国」のことなので、それも「間違い」ではない。しかし、かなり背伸びした言い方である。そして、「帝国」の支配者のことを一般には「皇帝」というのだが、それはここでいう「大帝国」の支配者レベルでないと、本来はふさわしくないはずだ。

話を戻そう。言語学の研究に基づいて、世界の人びとを言語の系統によって分類することがある。言語学が分類の対象とするのは言語だが、それは言語の担い手である人間を分類することにもつながる。「言語の分布地図」といったものは、その言語を話す人間の分布を示している。

 

「語族」という単位

言語の分類において、最上位の主要区分は「語族」という単位である。これは「国民」「民族」といった分類よりも、より包括的なものだ。その分類によれば、今の世界で異なる国や文化に属するとされる複数の民族も、同じグループにまとめられることが多い。こうした包括的な言語の分類は、1780年代にイギリスのウィリアム・ジョーンズがインドのサンスクリット語とギリシア語・ラテン語の共通性を指摘してから研究が始まり、今日に至っている。

研究者によって多少異なるが、世界には比較的よく研究されているものだけで十数の語族があるとされる。

 

インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)

そのひとつの、インド・ヨーロッパ語族という系統(以下「印欧語族」という)には、イギリス・ドイツ・フランス・イタリア・ギリシア・ロシアなどの、ヨーロッパの多くの国の言語のほか、インド北部の言語、今のイランで主流のペルシア語などが含まれる。

これらの国民・民族は多様だが、その言語を分析すると共通の語彙や文法がみられる。それは、これらの国民・民族が共通の祖先を持つことを示している。

つまり、遠い過去の一定の地域に起源を持つ集団が、移動・拡散していった結果、広い地域に分散し、それぞれの地域で独自の変化を遂げていったのである。その一方で、共通のルーツを持つがゆえの共通性もある、ということだ。言語は、文化の要素としてはほかの文化よりも安定的に世代間で受け継がれていく一方、時間の経過とともに変化していくという面がある。

印欧語族の起源については、1800年代から議論が続いており、今も定説はない。今のところ比較的有力な説としては、紀元前3000~4000年頃のカスピ海・黒海北部(今のウクライナ)のほか、アナトリアを起源とする説などがある。その後、この系統の集団は、移動・拡散して、紀元前後(2000年前頃)までには西はヨーロッパから、東はインドまでの広い範囲のあちこちで暮らすようになった。

 

「語派」という単位

なお、語族よりも下位の区分(単位)として「語派」というものもある。同じ印欧語族でも、たとえば以下のように分類される。

・英語・ドイツ語・デンマーク語など…ゲルマン語派
・イタリア語・フランス語・スペイン語など…イタリック語派
・ロシア語・チェコ語・ポーランド語など…バルト・スラブ語派

印欧語族は、これも研究者によって多少異なるが、以上の3つを含む数個~10個程度の語派に区分されている。さらに「語派」よりも下位の分類で「語群」という単位もある。

これらの言語を話す集団の近遠関係(系統として近いか遠いか)は、移動・拡散の過程で居住地が別々に分かれていった時期によって左右される。別々に暮らすようになった時期が遠い過去であればあるほど、系統としては縁遠いのである。

 

ホモ・サピエンスの移動と分布の拡大

現在の世界に生きる人類は、すべてホモ・サピエンスというひとつの生物種に属し、共通の先祖――アフリカに起源を持つ――を有している。

20万年ほど前にアフリカで誕生したホモ・サピエンスは、その一部が13~12万年前からアフリカを超えてシリア・メソポタミアを中心とする西アジアへの小規模な移動を開始した(「出アフリカ」という)。

そして、7~6万年前にはシリア・メソポタミア周辺からユーラシアの広い範囲への移住が始まった。そして1万4000~1万3000年前には北アメリカ大陸(アラスカ)に渡り、1万2500年前頃には南アメリカ大陸の南端部に達するなど、五大陸(アフリカ、ヨーロッパ~アジア、南北アメリカ、オセアニア)の広い範囲に分布するようになった。

そして、五大陸に行き渡ったのちも――1万年余り前以降も、人類はさまざまな移動を続けた。その過程で、のちの「語族」の祖先となる集団が各地で生まれた。そして、語族の集団が移動を重ねるうちに、異なる場所に分かれて住んだ結果、各民族が形成されたのである。同じ語族のなかの語派とは、語族の形成よりも後の時代にこうした「枝分かれ」をして生まれた集団である。

 

「○○系」とは「語派」以上の違い

そして「系統が異なる」とは、一般的な定義はないが、とりあえず「語派」以上のレベルでの違いだと考えればいいだろう。

民族名その他を冠した「〇〇系」といった言い方は、たいていは語族か語派レベルの分類をもとにしている。たとえば「ゲルマン系はこうだが、ラテン系は…」というのは、印欧語族のなかの語派レベルのことを言っている。また、語族レベルでテュルク(トルコ)語族、モンゴル語族という分類がある。「騎馬遊牧民には、トルコ系、モンゴル系などがいて…」というのは、語族レベルの話をしているのである。

 

さまざまな語族・語派

世界史上のさまざまな民族はみな、なんらかの語族・語派に属している。たとえば文明の最も初期の時代である、古代オリエント≒紀元前の西アジア(今のイラク、シリア、イラン、トルコ、エジプトなどの地域)の諸民族をみてみよう。

メソポタミアで世界最古の本格的な都市文明を築いたシュメール人の言語系統は、わかっていない。彼らが粘土板に残した文書をみても、言語の系統が特定できないのである。

メソポタミアを最初に統一したアッカド人(アッカド王朝)、それを受け継ぐ王国を築いたアモリ人(ハンムラビ王で知られるバビロン第一王朝)、一時期西アジアの大半を支配したアッシリア人はアフロ・アジア語族の、セム語派に属する。多くの世界史の本ではセム系と呼ぶ。セム系の民族は、西アジアの主流である。

商業民族として繁栄したアラム人やユダヤ教を創始したヘブライ人も、セム系だ。ずっと後の時代に台頭したアラブ人も、セム系である。セム系は西アジアでとくに有力な集団である。

ここは正確には「アッカド人の母語であるアッカド語はセム語派に属する」というべきところなのだが、ここでは簡略に「アッカド人はセム語派」と言うことにする。

古代エジプト人は、同じアジア・アフロ語族のエジプト語派に属する。以前は「ハム系」などともいわれたが、近年はそうは呼ばなくなっている。「セム」「ハム」というのは、「旧約聖書」(創世記)の「ノアの箱舟」の話にちなんだものだ。神の怒りによる大洪水で一度世界が滅んだとき、箱舟をつくって生き残ったノアという人物の長男・次男の名である。前に述べた「創世記」中の「民族表」でも、セム・ハムの名を用いて民族のグループ分けをしており、現代の学者もセムという名称を採用しているのである。

そして、紀元前2000年頃以降、印欧語族の人びとが西アジアで姿をあらわした。鉄器の実用化がなされたアナトリア(今のトルコ)のヒッタイト王国を築いた人びとは、そのひとつである。ヒッタイト人は印欧語族のアナトリア語派に属する。ヒッタイト王国は、印欧語族が築いた世界で最初の有力な国家といえる。

ペルシア人(紀元前500年頃、はじめて西アジアのほぼ全域を統一したアケメネス朝など)やギリシア人も、印欧語族である。詳しくいうと、ペルシア人は、印欧語族のなかのインド・イラン語派の一部であるイラン語群に、ギリシア人は、ギリシア語派に属する。

このほかの世界史でおなじみの民族についても、いくらか述べておく。さきほど述べたようにトルコ人はテュルク語族、モンゴル人はモンゴル語族である。漢民族はシナ・チベット語族に属する。中国の清王朝を築いた女真族はツングース語族である。

インドで最も用いられているヒンディー語は、印欧語族のインド・イラン語派に属する。インドでは北部は印欧語族が有力だが、南部ではドラヴィダ語族の言語(タミル語など)が有力である。

そして、日本語が何の語族に属するかについては議論が分かれており、はっきりしない(ここでは立ち入らない)。

なお、以上の分類は研究者によって異なるところがあるし、今後の研究の進展によって大幅に変化することもあり得る。それでも「言語系統による人類の分類」という考え方じたいは、今後も重要であり続けるだろう。


参考文献

①赤瀬威編『モンゴロイドの地球(1)アフリカからの旅立ち』東京大学出版会、1995年 

アフリカからの旅だち (モンゴロイドの地球)

アフリカからの旅だち (モンゴロイドの地球)

 

 
②風間喜代三『言語学の誕生』岩波新書、1978年 

言語学の誕生―比較言語学小史 (岩波新書)

言語学の誕生―比較言語学小史 (岩波新書)

 

 
③風間喜代三『印欧語の故郷を探る』岩波新書、1993年 

印欧語の故郷を探る (岩波新書)

印欧語の故郷を探る (岩波新書)

 

 
④大塚柳太郎『人はこうして増えてきた』新潮選書、2015年
ホモ・サピエンスの誕生の時期や出アフリカなどの各地への進出の時期については、今後の研究で年代や経緯が書き換えられていく可能性はかなりあるだろう。 

ヒトはこうして増えてきた: 20万年の人口変遷史 (新潮選書)

ヒトはこうして増えてきた: 20万年の人口変遷史 (新潮選書)