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インド人はいつからカレーを食べているか

インド人は、いつの時代からカレーを食べているのだろうか? この問いに自信と根拠を持って答えられる人は、そうはいないだろう。「昔から食べてるんじゃないの?」としかいえないのが、ふつうだ。この問いについて調べてみると、インド史の成り立ちや、国の文化がどのようにしてつくられていくのかもみえてくる。
  

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 『カレーの歴史』原書房 表紙より

  

カレーとは

カレーを定義するとしたら、こんな感じだろうか――唐辛子や、そのほか何種類もの香辛料と、肉・魚類や野菜などの具を煮込んでつくる濃厚なスープ。これをご飯やパンにつけて食べる。インドには、そのような料理が数多くあり、それらをまとめて「カレー」と呼ぶ。1800年代にインドを植民地にしたイギリス人が、そういう呼び方をはじめた。

イギリス人は、1800年代にインドカレーをもとに、欧風カレーをつくった。明治以降の日本人は、欧風カレーをもとに、日本風のカレーをつくった。

カレー粉の材料として「カレーの実」のようなものがあるわけではない。唐辛子、コショウ、ターメリック、クミン等々、数種類から十数種類の香辛料をブレンドすることで、カレーはできている。


カレーという料理はいつ生まれたか

では最初の問い、つまり「インド人はいつからカレーを?」について、選択肢をたてて考えてみよう。インドで、カレーという料理が生まれた時期は、つぎのどれか? ア 今から3000年ほど前 イ 1000年ほど前 ウ 500年ほど前 エ 200年ほど前。

アは、インドの歴史の最古の時代である。イは、そこまで古くないが、かなり古い時代。ウだと、インド史全体でみればさほど古くない。エだと、イギリス人の欧風カレーが生まれた時期とほぼ同じ。

インドで、現在に伝わるカレーの基本ができあがったのは、1500年代のことだ。答えはウである。ここで「カレー」というのは、「唐辛子を使った辛いカレー」のことだ。インド料理では、カレー以外でもさまざまな料理で唐辛子を使う。しかし、1500年代ころまで、インドには唐辛子はなかった。

唐辛子は、ポルトガル人がインドに持ち込んだものだ。唐辛子はアメリカ大陸の原産で、アジアやヨーロッパにはなかった。


1500年代から、スペインやポルトガルなどのヨーロッパの船が、アフリカ、アメリカ大陸、アジアを訪れるようになった。「大航海時代」である。そのなかで、唐辛子がインドのほか、日本や中国などのアジア諸国に伝えられた。そして、インド人の食生活に急速に浸透していったのである。

唐辛子が伝わる前、インドで辛い香辛料というと、コショウだった。コショウはアジア原産である。唐辛子が伝わる以前、少なくとも1000年前にはインドカレーにつながる料理はあった。コショウやその他の香辛料を、具といっしょに煮込んだスープ。唐辛子がないのでそれほど辛くない。

しかし、唐辛子以外はカレーと重なる香辛料が使われているので、「その頃からカレーがあった」という主張もある。しかし、あんまり辛くないのだ。それでは「カレー」とはいえないではないか。ここではその立場をとる。

 

インドで肉食が一般化したのは?

ところで、インドカレーの具では、鶏肉・羊肉などの肉が使われている。牛肉や豚肉は、宗教上のタブーで、あまり使われない。野菜だけのカレーもあるが、肉がカレーにとって重要な食材であることはまちがいない。インド料理には、タンドリー・チキンなど、カレー以外にも肉を使った料理がたくさんある。

では、インド人が肉食をするようになった、つまりインド料理で肉を使うのが一般的になったのは、いつごろのことだろうか? 

これも、さっきと同じ選択肢で考えてみよう。「3000年前」「1000年前」「500年前」「200年前」のうち、どれだろうか?

インドで肉食が一般的になったのは。1500年代以降のことである。答えは「500年前」だ。それまでのインド人の食生活は、野菜や魚が中心で、肉はめったに食べなかった。これには、ヒンズー教などのインドの伝統的な宗教の影響があった。

この時期は、唐辛子がヨーロッパ人によって伝わり、インドカレーが生まれた時期と重なる。しかし、インドに肉食を持ち込んだのは、ヨーロッパ人ではない。では、どうしてその時期なのか。

1500年ころのインドは、いくつもの国に分かれていた。インドは、今の国土に匹敵する範囲が統一されていた時期もあるが、歴史全体をみると分裂の時代が長い。


その分裂状態を終わらせたのは、ムガール帝国という王朝による支配だった。ムガール帝国は、もともとは伝統的なインドの領域にあった国ではない。インドの北西の地域(今のアフガニスタン周辺)で、1500年ころにおこった国である。

その「ムガール国」がインドに攻め入って、インドの北半分を支配するようになったのは、1500年代のことだ。その後、1600年代には、ほぼインド全体を支配するようになった。

ムガール国をつくった人びと――ムガール人は、騎馬遊牧民だった。もともとは草原地帯に住み、馬を乗りまわして羊などの家畜を育てて暮らしていた。騎馬遊牧民は、家畜が生活の支えだ。家畜の肉も食べる。

インドの料理で肉食が重要になったのは、騎馬遊牧民であるムガール人の影響なのである。だから、ムガール人の支配がはじまった1500年代からのことなのだ。

ポルトガル人が唐辛子を持ち込んだことや、ムガール人の支配は、その後のインドの食文化に大きな影響を与えた。ただし、それがすべてではない。ほかにも、西の隣にあるペルシア(今のイラン)をはじめとして、外国からのさまざまな影響によって、インドの食文化はつくられた。

 

異文化の影響を受けながら「伝統」はつくられる

インドは、古い伝統を持つ大きな国だ。だから、その国を代表する料理であるカレーは、インド人が独創的に古い時代からつくりあげていた、と思いがちである。

しかし、そうではなかった。インドカレーは、さまざまな国の文化を融合したもので、今日につながる基本的要素がそろったのは、500年ほど前のことだった。インド史全体でみればそんなに古い時代のことではなかったのである。

さまざまな異文化の影響を受けながら、その国の伝統はつくられていく。自国の文化のおもな部分の何もかもを、自分たちだけでつくり出した民族というのは、ありえない。
インドカレーのことは、そのよい例のひとつだと思うが、どうだろうか。

参考文献

①リジー・コリンガム『インドカレー伝』河出書房新社、2006年(河出文庫版、2016年) 

インドカレー伝 (河出文庫)

インドカレー伝 (河出文庫)

 

 ②コリーン・テイラー・セン『カレーの歴史(「食」の図書館)』原書房 、2013年

カレーの歴史 (「食」の図書館)

カレーの歴史 (「食」の図書館)

 

 ③あと、ここで述べたような「歴史の見方」、つまり異文化の影響を受けながら伝統がつくられていくということを学んだ本として、板倉聖宣『焼肉と唐辛子』仮説社、1988年 

焼肉と唐辛子 (ミニ授業書)

焼肉と唐辛子 (ミニ授業書)